人生の中に仕事がある。仕事とは何なのか。

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この記事を書いているのは2016年の旧正月の頃になるが、最近聞いた話だと就職活動の開始時期というのは大学四回生の4月なのだそうだ。2016年に至っては同年の8月からがスタートとなるようで、就職活動時期が年々後ろ倒しになっているということ。これについていいのか悪いのかというのは別の話になるかと思うが、個人的には賛成したい。
私が実際に就職活動を体験した頃というのは三回生の夏から動き出していないと遅いという認識のもと、各学生が各企業へアプローチを開始していた。これもいいのか悪いのかは未だにわからないが、あまりにも性急すぎす気がしてならなかった。
もとい、就職活動真っ只中の学生や、就職して間もない社会人の方々の中には、「自分の人生は仕事ありきなのか」「いや仕事は人生の中の一部でしかない」という背反する思いに苛まれているのではないだろうか。
人生の中に仕事があるのか、仕事の中に人生があるのか。これは今を生きている人たちの過ごす環境に関わらず、「人生の中に仕事がある」ということは明白だ。仕事がなくても人生は存在するが、人生がなければ仕事は存在しえないからだ。しかし仕事は人生という大きな枠を形作る大切な要因でもある。そんな話。

仕事ってなんだ

そもそもの根源的な話で仕事ってなんだということだが、wikipediaでは職業という側面から見た意味と労働という側面から見た意味が記載されている。それぞれが、

職業
職業(しょくぎょう)は、日常的に従事する業務や労働など、技能、知識、能力などをまとめた一群の職務のこと[1]。職、生業、仕事とも呼ばれ、日本では労務に従事することを就職、就労という。生計を立てるための仕事も職業とされる[1]。

労働

  • からだを使って働くこと[1]。
  • (経済学)人間が自然に働きかけて、生活手段や生産手段などをつくり出す活動のこと[2]。

とある。

「生計を立てるための仕事」「生活手段や生産手段などを作り出す活動」とある。私は仕事というのは生きていくため、毎日を生活していくための手段だと思っている。要は、生きるための糧を得ること、金銭や食料を得ること、直接的・間接的を問わずそういった行為が仕事なのだと思っている。

「仕」「事」

そもそも仕事という言葉。「職業や業務として、すること」という意味だが、さらに分解すると、


〖仕〗 シ・ジ・つかえる つかまつる

  • 1.

  • 目上の人のそば近くにいて用を足す。官につく。家来になる。つかえる。みやづかえ。
     「仕官・仕途・仕丁(じちょう)・出仕・奉仕・勤仕(きんし)(ごんし)・給仕(きゅうじ)・致仕・沖仲仕(おきなかし)」

  • 2.

  • 日本語で、つかまつる。

こと
【事】

1.われわれの生活の中に現れたり、われわれがしたりする事柄。
2.言ったり考えたりする内容の、存在・形成を問題にする場合に使う語

1.《動詞連体形または動詞に打消しの「ぬ」「ない」が添わった形を受けて》 要求・命令を表す。
 「早く行く―」
2.《活用語の終止形・連体形に付いて》
感動・疑問を表す。
 「まあきれいな花だ―」


〖事〗 ジ・ズ・こと つかえる

1.こと。ことがら。できごと。なりゆき。
「事物・事実・事件・有事・事情・事態・事変・事前・大事・他事・万事・故事・無事・不祥事・関心事・好事家(こうずか)」
2.しわざ。人の行為。しごと。
 「事蹟・事業・事務・俗事・悪事・人事・執事・理事・検事・領事・知事・当事者」

両方の感じに使えるという意味がある。

両方とも「つかえる」という意味がある。
「つかえる」とは目上の人のために働くことだ。仕事とは目上の人のために働くという意味が強そうだ。
働くということは上述したように「労働」=「からだを使って働くこと」「生活手段や生産手段などをつくり出す活動のこと」ということらしいので、仕事と働くという事と、生活手段や生産手段をつくり出す活動というのは極めて密接な関係にあるのだと思う。

もう一度仕事ってなんだ

目上の人のために働く事が仕事という事なら、自分はそんな事はしたくない。あくまで自分のために仕事をしたいのだ。天職を得たいのだ。好きな仕事をしたいのだ。という人は多くいるだろう。
しかしながら、仕事とはそれ全てを叶える事はできなさそうだ。

目上の人のために働くのが嫌だ

これは微妙なところ。どこが微妙かといえば、目上の人のために働くことで我々の生活は保障がされているからだ。月々にいくばくかの生活していくための賃金をもらって働いている。この賃金は自分のため、家族のための大切な資産となる。このギブがあるから目上の人のために働くというテイクについては目を瞑る必要が出てくる。

あくまで自分のために仕事をしたいのだ

これについては難しいと思う。仕事とは誰かのために何かをなすことで対価として生活手段や生産手段をつくり出す活動のことなので、あくまで自分のためということは成り立たない。人のための先に自分のためが成立する。

天職を得たいのだ

これについては大いに試してみる価値があるように思える。天職ってなんだって話にはなるが、何も大学卒業後の就職先が自分にベストマッチした職業ということは必ずしもありえない。何が得意で、何が不得意でということなんて、何年生きていたって確信を持って言えることなんて少ない。天職だと思える仕事に出会える可能性があるのなら、試してみる価値は大いにある。何が得意で何が不得意でということは意外と行動を起こしてみることで再確認できることが多々あるように思える。

好きな仕事をしたいのだ

これは非常に難しいと思う。ただ自身の好きなことを仕事にすることは可能だ。例えば服が好きということで、アパレル系の会社に入ったとする。いろいろな部署があり様々な業務がある。しかしながら求人で出ているほとんどは販売というのが現状だ。人と接するのが好き、セールスに自信があるという人であれば、売り場でも一定の成績を収めながら、楽しい毎日を過ごすことができるだろう。だが、人と接するのはどちらかと言えば苦手、売り込むことに罪悪感を感じるというタイプに人にとったら、会社からは売り上げを求められ、苦手な接客をなんとかこなすが、思うように人は服を買ってくれない。そんな状態に悩むことも多くなるだろう。服は好きだが、着飾ることが好き、という人にとってはよっぽど他の仕事をして休日にショッピングを楽しむという方が向いているのだと思う。好きな事というのが、本質的に何なのかを見極めた方が良いと思う。

好きな事をして生きて行く

好きな事を仕事にする、というのは非常に難しいと思う。と先ほど書いたが、好きな事をして生きて行く事は比較的容易だと思う。生きて行くためには、衣食住の三つが必要だ。逆に言えばこの三つがあれば生きて行くことができる。どのくらいの生活レベルを求めるかで内容は変わってくるが、暑さ寒さをしのぐための衣服と住居、空腹をしのぐための食料、これ以外に最低限必要な生きて行くための要素は見当たらない。生活レベルの話をしてしまうと、個々人の価値観によってしまうので話は別になってしまうが。
ようは衣食住の三つを得るためができるようにするだけでいいのだ。衣食に関しては繊維から衣服を作り、畑から作物を収穫することができる、やろうとは思わないが。住処に関してはどうか、これは公園や路上にという可能性もなくはないが、現実的ではない。借りるか買うかという選択肢になってくると思う。最終的にはお金という収入があって、衣食住をまかなえる程度に稼げればそれでいいのだ。これが一番効率的に衣食住を得るための解決策だと思う。
衣食住が確保できるのであればあとは好きな事をすればいい。上で挙げたように服が好きな人は買ったらいい、スポーツをすることが好きな人もすればいい。映画を見る、読書をする。旅行をする。社会通念上、やってはいけないようなこと以外、好きなようにして生きてくことができる。私たちは好きなことをして生きて行くことができるのだ。

好きなこと「だけ」をして生きて行く

これは理想的な生き方だと思うし、可能だと思う。好きなことをするために好きではないことをしなくてはならないことは必ずある。しかし人はそれを無意識的に天秤にかけて「好きなことをするため」無意識的に我慢している。好きなことだけをして生きていく、というのもこの我慢の度合いによるのではないかと思う。全く気にならないレベルの我慢であれば、好きなことだけをして生きていくということは達成されている。個々人の物事の捉え方になると思うが、好きなことだけをして生きて行くということは可能だと思う。

人生の中に仕事がある

仕事に対して悩みを持つことは誰しもが通る道だと思う。人生という大きな枠の中に仕事という要因があるのだが、仕事は人生という大きな枠をいかようにも変形させてしまうほど大切な要因だ。仕事は自身の生計を立てるための営みであり、衣食住を賄うためのものでありそれ以上でもそれ以下でもない。今の仕事がどうしても合わないということであれば選び直すだけの話だ。生計を立てるのに効率的なのはお金という収入を得ることだ。仕事はその方法でしかない。人生という大きな枠組みはこの収入の多少によって大きく形が変わることは否めないと思う。今の人生が物足りないものであれば仕事を見直す必要があるのかもしれない。今の仕事だけが仕事、というわけではない。
仕事って何かを見直すことによって人生を大きく変えることができるかもしれない。それくらい仕事は人生の中の大きな要因であるかもしれない。組織の中で働くことだけが仕事でもない、仕事の仕方は自由だ。いっそ一度、今の仕事を辞めてみるのも一つの選択肢なのかもしれない。いずれ必ず仕事をしないといけない時期が来る、その時に自分には何ができて、何ができないのか、仕事についてもう一度考え直すことができる。人生の中に仕事がある、繰り返しになるが仕事は生計を立てるための方法でしかない。
仕事というものに対して本質をよく見極めて人生を送っていきたい。

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